代表 ビジネス経歴

一つ一つにドラマが色々とありますが結構ひどい人生です。

小学校5年生、学校裏門前の八百屋のおじいさんと仲良くなり、夕方から野菜売りを成り行きで結局2年程手伝った。(50円の駄賃かラーメンか蕎麦を貰う、本人は働くという自覚は無し。忙しそうだったから見よう見まねで手伝ってあげようという意識。ただこういった経験が無意識に人生上に影響している事が歳を経て分かる。売るという事の原体験が確実にここに有った。)

小学校5年の時に深夜放送ラジオを聞くためにゲルマニウムラジオを自作。
小学校6年の時に真空管を使ったワイヤレスマイクのキットを自作。今と違う秋葉原に朝から夜まで行っていた小学生だった。(多分テクノロジー好きは秋葉原が原体験。お小遣いの中で何が買えるか。ゲルマラジオはたったダイオードとバリコンと抵抗だけでラジオが聞けるのは子供ながらに驚異。深夜放送ラジオ漬けになった。パックインミュージック(金曜日)、北京放送や短波のアマチュア無線を聞いていた。)

中学>新聞配達・牛乳配達・バスケット部
自分で働き、自分で買うという経験を幼少期に経験出来た事も人生上大きな意味を持った。親を頼らないという自覚は普通の人々よりも相対的にかなり早くに芽生えたと思う。

国分寺楽器店時代
19歳:楽器店のワンフロア販売管理マネージャー
月間販売実績1位(ピアノ他部門含む)
楽器店フロアデザイン、スタジオ管理、楽器販売、ピアノ、オーディオセールス
その後成功したミュージシャンも数人居る。
東京の多摩地区の音楽ムーブメントにかなり貢献。
社内権力抗争に巻き込まれ、人間の裏を初めて見た。

バンドマン時代
ディスコ、キャバレー等のギター弾き(バンドマン)
弾き語り、川口・浦和・吉祥寺(吉祥寺に3年程住む)
(音楽馬鹿だった。某有名スタジオミュージシャンになった友人にトラの仕事を頼まれるも初体験の為失敗、落ち込む。。音楽では芽が出ず。。。。。ただこのバンドマン時代に聴きまくった色々な音楽がその後のビジネス創造に大きく役立っていると思っている。)

セールスマン時代
オーディオセールス

西国分寺・住宅リフォーム会社セールス時代
 増築商品セールス
外壁・屋根材セールス
飛び込み営業時代。この時の経験が最大の財産になっている。
実績:業務改善、社内平均3割の成約率を7割に向上に成功
何故7割になったかは全て原因がある。
契約において最も重要なのはニーズである事。
もっとも重要なのはアプローチで有る。
購買心理や、人間の心の動きを何千人という人間と会う中で会得出来た事。
営業という人が嫌がる仕事をやった事。
30代の前半に40代後半、50代の部下を育てた事。
失敗も沢山あるが、この時の経験が自分の大きな基礎になった。


最も覚醒した30代

32歳頃営業チームリーダー時代
府中支店長>二人から始める
新宿支店長>4人から30人程度の規模まで会社を育てた。 売上規模月間2500万~3000万円程度
支店長時代>コンピューターと出会い、(プログラマーを雇う)パソコン猛勉強 インターネットと出会う
常務に昇格>テルアポ営業部隊を作り、バイトを入れると会社は80人程に膨らんだ。ほぼパソコン漬けの生活。パソコンが閉じた箱だった時代から通信が始まる時代をリアル体験。モデムの向こうに世界を見はじめる。実務は部下がやっていた事で自分はほぼパソコンに時間を使えた事が普通以上に早く習熟出来た。当時の部下に感謝。

※パソコンとの出会いは衝撃的だった。初めてコンピューターが何であるかを理解した時『あ・・自分は歳を取り過ぎている』と思った。

30代後半、パソコンは若い時のように自分を夢中にさせた。

 マネージメント勉強し生前のドラッカーセミナーを受けた。

ドラッカーの影響はかなり受けた。ITよりも活版印刷の方が遥かに大きく早く伝播したとかだ。イノベーションは昔から起きている。ドラッカーは光を与えてくれた。

 仕事の意味を見つけ出したのもこの頃。
自分で考える習慣を持つ。(この考えるという事は中々社会で理解する人は少ない。)

  例)以前引っ越しを頼んだ時に来た女性の片付けの方が私と話しをしているときにひっきりなしに掃除をしているフリをしているのに気付いた。それは仕事をしたフリをしないと上司に怒られた経験が何度も有ったからだと推察。

人はよく(したふり)をする。考えるとかは成果が目に現れない行為だ。

 それを怠けていると思う人種が居る。
例えばアイデアは色々な場面で生まれる。遊んでいても突然良いアイデアが浮かぶ時がある。風呂や温泉、散歩もそうだ。遊園地も同様。

 それらは多様性のある生き方から生まれるもので、同じ事を繰り返す時間を沢山過ごせば過ごすほどその人間の個性と可能性を殺す。とかだ。ところが組織では人間についての洞察の無い人を上司にしてしまうほど不幸な組織は無く、単一性を強要する生き方を組織は善とする傾向がある。特にそれはマネージメント側に問題が有る。重要な事はその組織の思想的背景で有り文化である。但し自己規律(目的)が無い人は時間が有っても無意味になる。

自分の考えが正しいか正しくないかの判断を良く本に求めた。
自分と同じ考え方をしている人間が全く違う場所に居る事を本に書いてある事で自分の考えを検証。

 無いものを作り形にしていく。
自分が成果を上げるという作業から人を通じて成果を上げるという意味や人間自身についての洞察。

 出来る人程、実はこの壁にぶつかる。
自分がやれば出来るのに相手にやらせようとすると出来ない。ならば自分がやった方が早い。
という心の壁だ。

 出来る人間は相手に対し、『何故出来ない』と思う。出来ない人は『何故出来る』と思う。
このギャップは実は大きい。特に技術系やエンジニアリング系の人間にこの傾向が強く、それらの人々は自分の殻に閉じこもっていく。

 但し、人を育てられない人は一生自分という人間以上のものにはなれず、以外と早く陳腐化した人間になる。何故ならこの分野は絶え間ないイノベーションが起きている分野で有り、最も最大の問題は歳を取るという事に本人は意識しないからだ。

 エンジニアリングは自分とその制作物との関係の仕事になる。
ところがマネージメントは人間を通じる仕事に転移する。この転移が出来ない人は、その場所にいてもらう事が最も適切とかである。

 組織概念、パソコンと共にビジネス構築についての勉強と実践を進めていったが、最後最も重要な事は結局人間に行き着いた。

全ての人間の持つ限界、食う気の無いアヒルに無理やり餌を与えても食べないとか。自ら助くるものをたすく。とかである。
 
 今まで生きてきて知ったのは、大多数の人間の最も関心のあるものは『自分自身』という事。実はそれが問題の根幹でもある事。

 人は『最も関心のある自分に関心を持ってくれる人』を求める習性がある。
しかし、『本当に自分を良くしたいのなら、自分の事など考える必要はなく、人を良くする事が自分も良くなる』秘訣なのだ。結局、人を良く出来れば、その人も、周りの人も、全ての人々が良くなる。問題は『エゴ』にある。

◯電話番号の検索システム)
※ここからパソコンを使った業務改善に取り組む
・当時NTTに氏名・住所から電話番号を聞くのに1件40円程掛かった。
営業マンが電話番号を調べるのに1日100件以上NTTに電話をしていた為、電話番号のデータを購入し、そのデータを元にパソコンで電話番号を調べる仕組みを作る。
データの利用はこの時が原体験になる。
◯データを使った営業システムの構築
そのデータを使い、東京都・埼玉県・神奈川県の地域データベースを作り、住宅調査システムを作る。
アルバイトが住宅を調査し、テルアポが電話をし、見込み客を得る仕組みを作る。
・1995年頃、会社のウェブページ制作
・ウェブページ実験開始(英語サイト制作)ブラジルの日本人とアメリカ、日本でのやりとり開始
※1994年から延々とネットの実験を繰り返す。OCNエコノミー128kのラインで自社サーバーの立ち上げ等MS ACCESSを使った経理システム制作を勉強。データベースの知識はこの時に少し勉強する。


(転落時代の始まり)

 統括部長が事業規模を広げすぎ会社倒産。この時月間ダイヤモンドに日本で成長する会社500とかに入った事があるが外側と内側では見え方が全く違う事を知った。規模が大きくなると問題が起きた場合にはもう一人二人では手が付けられなくなる。それは火事に似ている。組織ヒエラルキーの問題、マネージメントの問題、上司と部下の問題、組織を大きくしていく問題点等、この倒産時の経験が多分人生最大の学習になった。問題の根幹は基本的に全て人にあり、自分にある。

 前社長と共に屋根改修の営業と工事から再立ち上げ。
ここは流れで生きざるを得なくなる。ただ会社倒産時もかなり良い経験をさせて貰った。普通では中々経験出来ない経験。
その後、フィリピンでのコンピューター学校立ち上げで騙される。(ここが人生のどん底だった)この時の悟りは自らの金で自らが立ち上がらねばならぬ事。甘い顔とその裏の顔がある人間も居る事。

 屋根改修職人時代 喪に服しているイメージ。そのままコンピューターと離れると自分が駄目になると考え、司法書士先生事務所のIT化コンサルの仕事を紹介で受ける。MS ACCESSで顧客管理、開発、印刷の統合システムPC、サーバー構築、ネットワーク構築等全面コンサル。その司法書士先生の業務改善は劇的。ネットとパソコンを使いこなす仕組みを構築。今でも毎月訪問。お金は無かったが仕事でIT関連の事をやり続けた事が今に生きた。司法書士先生が居なければ会社にもしていなかった事を思うと、ジョブスの点の話になる。


(再起動時代・妻が重要な役割を果たす。ここからの立ち上げストーリーが今へと続く)

 さいたま市にてコンピューター事業を1人ではじめた
・パソコンサポート
・ウェブ制作開始
・地域情報データベースを利用した電話システム開発
・自分自身で営業と制作を開始。
・さいなび制作+営業開始
・ウェブサイト制作業務と地域情報営業のシステムが動き始める
・さいなびとグーグルが出会う2004年頃
・地域情報がグーグルと共に成長
・なびシリーズの誕生
・なびシリーズの拡大
※地域情報のアイデアの根幹はリフォーム会社での営業経験が大きく影響している。ネットの成長ストーリーは、もしネットフロイドが社会的にもっともっとお役に立てるようになれた場合のみ語る事にします。

木更津移転

 地域情報とウェブ制作の再融合開始(現在)

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